自作

道場の少年部の指導は、現在は主に師範がやっている。師範は普段は優しいのだが、武道の道場、指導は厳しい。言う事を聞かなければげんこつで殴る事もあるし、いい加減な稽古をしていれば居残りさせて反省させる等々・・・。そういった指導がどうやら少年部の親には概ね好評の様だ。学校の先生が生徒を殴れば問題になるご時世に、道場の師範が子供を殴るのは許されるらしい。勿論、空手の師範、指導員であれば誰でもが子供を殴って大丈夫かというと、そんな事は無く、よその支部ではそれが問題になったりもしたらしいから、つまりは師範の人間性によるのだろう。
そのような師範の指導方法に共鳴する親御さんは2つのタイプに分かれる。子供がやってるのを見ていて自分も始めてしまう人と、自分はやらないけれども、子供には厳しく空手をやらす人と。
後者の親御さんの場合、子供は大変である。稽古を休む事は親が許さないし、試合ともなれば、本人より親の方がエキサイトする。試合に負けようもんなら・・・・。

ヤスノブ君(仮名、小学4年生)のお父さんもその代表。オイラは直接面識が無いのだが(顔位は見た事が有るかもしれないが)、最近特に力が入ってるらしい。
少年部の稽古は大体7時位に終わるのだが、迎えに来るのを兼ねて、稽古の後半位に道場に来て稽古を見学していく。
このヤスノブ君、性格はおとなしく、空手はまだこれからだとか。お父さんは、強い子になって欲しいとの気持ちが強いのだろう、稽古見学中〜終了後はかなりエキサイト。オイラ達の空手はフルコンタクト空手といい、直接相手を殴り、蹴る。子供で有ってもそれは変わらない。子供だって殴られたり蹴られたりすれば痛い。その痛いのを我慢して相手に向かっていかなければならない。テクニック的な物も勿論大事だが、精神的な強さの方が遙かに大事であり、そこから色々な物が産まれるのだ。殴られて痛い、嫌だ、逃げたいって気持ちが現れればそれは見ている方にはすぐに解る。その気持ちを乗り越えて、相手に向かっていく事が大事なのである。空手道にすっかり共鳴してしまっているヤスノブ君のお父さん、何とか息子に逃げない根性が付いて欲しいと興奮しまくりながら稽古を見ているとか。

少年部の中には、全国大会に出場するような選手もいて一緒に稽古をしている。ヤスノブと一緒に稽古しているケンタ君(仮名、小学5年)は全国大会入賞歴もある選手の一人。目下、このケンタがヤスノブの天敵らしい。
ケンタとヤスノブでは見た目、体の大きさとかは大差ないのだが、空手の実力は相当の差がある。そして組手になるとヤスノブはケンタにボコボコにやられて、いつもべそべそ状態。可哀相な事にヤスノブ君はその姿をお父さんに見られてる。

お父さんとしてはヤスノブをいつかはケンタと張り合える位強くなって欲しいと願っているのだが、ヤスノブにすれば稽古行くたびにケンタに泣かされるものだから稽古が嫌で嫌でしょがない。でも、稽古休みたいけど、休む何て言ったら親父にぶっ飛ばされるもんだから、泣く泣く稽古に来て、いつもケンタに泣かされている。
先日、そのヤスノブがとうとう稽古を休んだ。学校には来ていたらしいが、稽古には現れなかった。
稽古終了後にヤスノブ君のお父さんが現れて師範に1枚の紙切れを見せた。
その紙切れには
「ヤスノブをゆうかいした。けいさつにはいうな。みのしろきんをよういしろ」
とヤスノブの字で書かれていた。
ヤスノブ君、どうやったら稽古休めるか必死に考えての自作自演劇。ヤスノブ君、その脅迫状を家に置いて、自分は稽古時間中電車に乗ってグルグル回って隠れていたとか。その必死な健気な姿に大笑いするヤスノブ親父と師範。ヤスノブ親父はその脅迫状を大事に折りたたんでそれ以降持ち歩いてるとか。
ヤスノブ君、頑張って強い空手家になってくれよ。必ずいつか強くなれるから。